ロンドン発! 本場イギリスでバイクレースに挑戦

ロンドン発! 本場英国でバイクレースに挑戦

身の程知らずのバイク好きによる、40代からの英国バイクレース参戦記です。

Vol.13 第8戦 ドニントンパーク

微かな望み

終戦(第8戦)は、アングルシーラウンドから約 1ヶ月後の10月10-11日、第3戦と同じドニントンパークを舞台に開催される。前戦では、チャンピオンに大手を掛けながら、しかも絶好調の状態に有りながら、4レース中 3レース欠場ノーポイントというまさかの成績で、ポイントリーダーの座から陥落した。何より、怪我をしてしまった。

 

ただ、まだランキングは 2位で僅かに逆転できる可能性が残っていた。左肩の怪我はとりあえずの治癒までも数か月を要する怪我ではあったが、ネットで強靭なサポーターを購入して肩を固めてみたらバイクに乗れそうだった。壊れたバイクも何とか MSS に持ち込み、急ぎ直してもらった。出場することにした。迷いは無かった。

 

金曜日、パドックに三角巾で腕を吊りながら顔を見せると、Dani がやってきて「I know you are a true worrier, but it’s no point.」と言ってきた。新たにポイントリーダになったPaul は「I need you to beat (to be a true champion), but not now.」と言ってきた。確かにその通りかもしれないな。

 

でも、バイクの運転で手を挙げる必要は無い。腕を突っ張れば体重も支えられる。クラッチも 4本掛ければ握れる。走れるのに欠場はしなくなかった。走らなかったら、例え同じチャンピオンを逃す結果になっても、よほど悔いが残ると思った。耐久チームの仲間も、NLR のスタッフも、まさかの私が姿を見せたことに驚いていた。

 

Just do my best 

ここは良く知っているトラックだ。金曜の公式練習はキャンセルしてレース本番に集中した。迎えた土曜日の朝の予選では 2位だった。ポールポジションは Dani。この状態で 2位は全く悪くないではないか。予想した通りに運転に大きな支障は無かった。耐え難い程の痛さも感じなかった。やれるかもしれないと思った。

 

しかし続く Race1 は 最終ラップの最終コーナーまでもつれた 3台による 2位争いに競り負けて 4位。やはり長丁場はきつい。ここ一番の競い合いでも無理が効かない。難癖野郎の Andrew (Stockdale) に負けたのは悔しかった。それでもポイントリーダーの Paul より上位でフィニッシュしたので数ポイント縮めることができた。

 

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レース後に Paul に会った。彼は再び「Good try! I'll beat you at next race」と言ってきた。いつにも増して手堅い走りをしているのに何を言っているのか。カドウェルの時の Andrew への賛同と言い、私の心を乱す戦略か? 私は「Yes, You must do so! Otherwise…」と言いかけてそれ以上の言葉をこらえた。

 

私にはあれこれ考えている余裕など無い。残り 3レース、ベストを尽くすだけだ。ただ、きっと彼には伝わったことだろう。私が、「一度も私を抜いたことが無いばかりか、手負いの状態の私にすら負けてチャンピオンになってうれしいか。そんなのフロッグチャンプだろう」と言いたかったことが。

 

Race1 ではアドレナリン全開で痛さもほとんど感じていなかったが、午後の耐久レースは欠場させてもらった。Host-it 耐久チームもこのラウンドで 3位以内(優勝の可能性も)がかかっていただけに申し訳なかったが、チームオーナーの Andrew も、チームのメンバーも理解してくれた。ただ、急きょ代役で参加したライダーの活躍でクラス 2位を獲得した。

 

車窓に流れる木々

翌、日曜日の朝は息が白く見えるほど冷え込んだ。イギリスは 10月にもなると一気に冷え込んで、このような寒い日も出てくる。朝一の、Race3 へ向けた予選。肩は大丈夫だ。でも今日は 3レース有るから、さっさととりあえずのタイムを出して、早めに切り上げて戻ろう。タイヤを十分に温めて出走した。

 

3周かけてタイヤを念入りに温めた。肩の調子は悪くない。気持ちも乗ってきた。クラストップライダーの一人、ランク 4位につける Dave が前を走っていた。ペースメーカーにはちょうど良い。後ろにつける。が、遅いぞ。しびれを切らしてホームストレートで一気に抜く。そのままタイムアタック。この一周をミスなく走って戻ろう。

 

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タイムアタックに入った直後の第3コーナーのクラナーカーブ。ここはそれまでの右コーナーの連続から初めて訪れる左コーナー。しかも加重&パワーのかかる高速コーナー。ドニントンの中でも最も気を付けなければいけないコーナーとして知られる。シーズン前の初走行で Dani に会うきっかけになったクラッシュもここで喫した。

 

今回も、あっと言う間だった。ハイサイド、クラッシュ…。3周してもタイヤは温まっていなかったのか。出走時にはタイヤウォーマーで十分な温度まで上げていた。遅いペースで周回を重ねるほど、この路面温度では逆にタイヤが冷えていったのか。それとも、やはり気づかぬところで、いつもと違うライディングになっていたのか。

 

気が付くとサーキット内のメディカルに座らされて「今日は何日だ」とか質問を受けていた。「支離滅裂だ」というスタッフの声が聞こえた。つまり私としては思考が正常に戻って来たということ。「ツナギを切れ」という声が聞こえる。「エッ、ちょっと待って!」正常な反応を示した。腕の切り傷が痛かった。感覚も正常に戻った。 

 

のう震とうで意識を失った後は、どのみち少なくとも 1日はレースに出られない。大事を取って救急車で Nottingham の病院に搬送された。つい一ヶ月前も、こうして車のベッドに仰向けに寝ながら、窓の外に流れる木々を見ていたっけ。無性に情けなくなった。木漏れ陽がにじんだ。検査の結果は大きな問題は無かった。

 

終焉

全てが終わった。数時間後、迎えに来てくれた家族の車でサーキットに戻った。クラスの最終レース(Race4)が行われていた。私はバイクプールでライダー達を出迎えた。皆が笑顔で手を差し伸べてきた。朝とは打って代わって、暖かで柔らかな、秋の午後の陽差しが降り注いでいた。額に汗の光る皆の顔に、長いシーズンを終えた爽快感が漂っていた。

 

             ーグリッドー   ー決勝ー
Race1        2nd                4位
Race2        2nd             不出走 (朝の予選での転倒により)
Race3         -              不出走 
Race4         -              不出走

 

最終 2ラウンドの 8レース中、 6レースのノーポイント。最高で 150ポイントもキャッチアップできる。結局 Dani と Dave にも逆転を許し、私のシリーズランキングは 4位に落ちた。アングルシーのミスが悔み切れなかった。やるせなさ過ぎる… 帰りの運転中も、何度もの前の車のテールランプが涙で歪んだ。ただ唯一、その後出来ることは全てやったと思えることだけが救いだった。Conglutination guys. 

 

こうして、夢の海外バイクレース参戦、初シーズンが終わった。