ロンドン発! 本場イギリスでバイクレースに挑戦

ロンドン発! 本場英国でバイクレースに挑戦

身の程知らずのバイク好きによる、40代からの英国バイクレース参戦記です。

Vol.12 第7戦 アングルシー

Anglesey Circuit

アングルシーサーキットは、ロンドンからは車で 5時間、ウェールズ北西、アイルランドへのフェリーが出るアングルシー島にある。オーストラリアのフィリップアイランドを彷彿させる海沿いのトラックは、晴れた日には、類を見ない美しいサーキットになる。全長は International コース 3.4 km、Costal コース 2.5 km。古典的とも近代的とも少し違う、いうなればその中間のようなコースレイアウト。他に比べてこじんまりとした雰囲気のサーキットだが、ACUイベントを開催できる規格規模を持つ。

 

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すばらしいかな Anglesy

2015 NLR Championship R7 Anglesey (Costal) 。ポイントリーダーのまま迎えた第7戦アングルシーラウンドは 9月12-13日に開催される。前戦ではイマイチ消化不良だったものの、今ラウンドはチャンピオン決定も有りえるので気持ちも高まる。今回も全く未知のサーキットとしてレースウィーク前に一度練習に行った。ロンドンからは車でノンストップでも 5時間近くかかるので、ここだけは前夜から出向くしかない。せっかくなので家族を連れて行った。

 

コースは想像していたほど難しくはなかった。コースレイアウトは、どちらかと言えばカドウェルやオールトンタイプだが、山の中のサーキットではない分、視界を遮る山や木々がなくて全体を把握しやすい。高低差は有るが、サーキットの西側が高くなっていて、そのセクションへ昇っていって下りてくる感じなのでそこまで複雑ではない。Track day としてタイム計測はしていないが、1日のうちにとりあえずは攻められるくらいにはなった。青い空と海、風が渡る緑の丘。その日は天気が良かったことも有ってすっかり気に入ってしまった。

 

ここは練習の終わったその日中に帰るのも一苦労。今回は、翌日観光しながら帰るためにアングルシー島の入り口の街 、Bangor に1泊した。日本人にとって海外で地方へ出た際の Chinese Take Away は命綱だが、この街で立寄った Chinese レストランがとてもおいしかった。イギリスでは中華料理もイマイチなことが多いが、ここと、ブランズハッチ近くの Chinese レストランはお気に入りだ。翌日は妻の希望で道中にある Conwy 城を観光した。天空の城ラピュタのモデルになったと言われる城。すごい。

 

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順風満帆

レースウィークは金曜入りし、公式練習が終わるころにはすっかり手ごたえを掴んでいた。迎えた土曜の朝、昨晩降った雨が朝日を浴びて乾いていく。ハーフウェットの難しいコンディションの予選で3位。まあ良しとしよう。続く昼前の Race1 の頃には路面は完全にドライになり、私は水を得た魚のように走った。ホームストレートに戻るごとに、後続の Dani との差が1秒ずつ増えた。結局 Dani に9秒近い差をつけて優勝。前戦のカドウェルで後塵を拝した彼に完勝してうっ憤を晴らした。午後の耐久もクラス優勝という良い成績で終えた。チャンピオン獲得に向けて順風満帆である。

 

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いつものラウンドの土曜の夜は家族と近くのホテルに帰るのだが、今回は遠いために家族は来ていない。耐久チームの皆に交じって、サーキットのパドックに駐めた Van で寝起きをした。そもそもレース期間中にホテルをベースにするライダーは少数で、多くはキャンピングカーを牽引してきてずっとサーキットに留まる。そして土曜の夜は毎回、スプリント各クラスの Race1 と耐久の表彰式を兼ねた NLR 主催のナイトパーティーが開かれている。

 

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私はその夜、初めてその Saturday Night Award Party に出席し、Race1 と耐久の優勝トロフィーをもらった。私のダブル受賞に、人でごった返した会場から「Hiro!  Hiro!  Hiro!」というコールが起きた。最初に叫んだのは Paul らしい。前戦でのイジメ的な行為を悔やんだのか、単なる冷やかしか、それとも白旗か。いずれにせよ呼応したライダー達は笑顔で、チャンピオンシップでたった一人の外国人を労ってくれていた。今でも忘れられない瞬間。

 

一落千丈

翌朝の予選は完全ウェットの中でポールポジションを獲得した。雨でもポールとは調子がいい。このまま全勝してチャンピオンを決めたい。レースまでの数時間の間にどんどん路面が乾き、全員がドライタイヤでの決勝スタートになった。ドライは望むところだ。何もかもが順調だった。ゴチャゴチャ言われないためにも、ライバル達に白旗を高く掲揚させるためにも、初めから独走してやろう。レッドシグナルが消えて、スタート! ピットボードを出してくれたチームメートに後から聞いた話では、わずか 2周で 2位に 4秒ものアドバンテージを築いてたらしい。

 

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独走状態で迎えた 3周目。バックストレート後の左コーナーに向けたフルブレーキング、僅かに残っていたウェットパッチに全く気付かなかった。フロントからスリップダウン。ストレートからのフルブレーキングの 'G' そのまま、左肩から地面に叩きつけられるように転倒した。しまった! バイクに駆け寄る。再スタートできるか? ん、力が入らない。まさか。左肩が上がらない。やってしまった…。

 

コース脇でレース終了を待って救急車で Bangor の病院へ搬送された。左鎖骨周りの全靭帯断裂。日本でレースをしていた20代前半に右肩に同じ怪我をしたが、今でも完治はしていない重傷。当然ながらその日の残る 2レースは欠場となり、その日はそのまま病院に泊まった。先日、家族と舌鼓を打った同じ街で、その夜、何を考えたかはよく覚えていない。ただただ、その急転直下の現実を受け入れられずにいたように思う。

 

            ーグリッドー   ー決勝ー 

Race1            3rd             優勝
Race2          ポール         リタイヤ (転倒により)
Race3          ポール          不出走    (怪我により)
Race4           -           不出走    (怪我により)

  

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次の日、私のためにサーキットに1泊残ってくれた耐久チームのメンバーが病院へ迎えに来てくれて、助けられながらロンドンへ帰った。私の Van を運転してくれたチームメイトの奥さんが、掛かりっぱなしだった 私が編集した MP3 の音楽をたいそう気に入ってくれたそうだ。たまたま洋楽 Pops にしておいてよかった。邦楽版は、サザンのバラードからモー娘。Love マシーンの絶叫、こぶしの利いた吉幾三の雪国まで、支離滅裂だった。