ロンドン発! 本場イギリスでバイクレースに挑戦

ロンドン発! 本場英国でバイクレースに挑戦

身の程知らずのバイク好きによる、40代からの英国バイクレース参戦記です。

Vol.22 ひとたび夢の終わり


Awards Dinner Ball 

2017年1月、バーミンガムのホテルで 「2016 AWARDS & WINTER BALL」と題した、シーズンの年間表彰式を兼ねた、No Limits Racing 主催のディナーパーティーが有った。欧米人はパーティー好き。これほどの団体活動ともなれば、当然のように毎年 Awards Dinner Ball が開催されている。

 

 

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私の 2016 のシリーズランキングは 2位だった。昨シーズンの Ceremony は、耐久チームとしての表彰が有ったものの、スプリントでチェンピオンを逃がしてランキング 3位にも入れなかったことで参加しなかった。今年は表彰の対象だし、こんな機会も最期かなという気持ちも有って Max と参加することにした。

 

海外でのこうしたセレモニーにはドレスコードが有る。私は自営になってからはすっかりスーツも着ていないし、ましてやタキシードなど持っていない。それならばと、ロンドンの貸衣装屋で袴を借りた。海外では袴や着物が喜ばれるのは周知の事実。それに一度着てみたいと思っていた。着付けは貸衣装屋を営むその先生が教えてくれた。

 

初めての袴は想像通りにカッコよかった。しいていえば草履がイマイチ。底が薄くてスリッパで外を歩いているような感覚。雨天の中のホテルから会場への移動で足袋がすっかり濡れた。それに、靴に比べて背が低くなってしまうのがよくない。一方の Max はさすがに一流企業の駐在員さん。こういう機会も多いのだろう。自前のタキシードで出席した。

 

 

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私は、せっかくの機会だからと、ランク 2位のスピーチで拍手喝采を浴びるべく、事前からある程度、スピーチの準備をしていた。初めは Max にも袴を借りてもらって、 2人で一世風靡セピアの「前略、道の上より」をバシッと歌おうと考えていたくらいだった。なぜその曲? 意味は無い。歌詞は分からないだろうし、袴姿の 2人が気合いを入れて踊ったら、ビジュアル的にもリズム的にもカッコいいかな、と思った。

 

数百名規模のパーティーは華やかだった。でもパフォーマンスの練習はしなくて良かった。実際の表彰式では各クラスの表彰が次々に行われ、それぞれの上位 3名が代わる代わるお立ち台に昇った。そして、チャンピオンのスピーチすらなく、トロフィーとささやかな賞金(といっても NLR で使えるバウチャー)の授与、そして写真撮影だけで終わった。緊張していた分、大いに拍子抜けした。そんなに多くのクラスが有る訳でもないのに。

 

表彰台に昇るとき、既に一段高いところに Michael が居た。彼は私にひと言「Well done」と言って手を差し出した。 この Well done という言葉。こちらでは TVリポーターが優勝したアスリートに向けて、肩を叩きながら使ったりする言葉だが、直訳すると「よくやった」。日頃から、常に上からなイギリス人らしい言い回しだなあ、と思っていたが、高い位置から彼に言われると更にそれを強く感じた。

 

もちろん、彼ら的には上からなどという意識は無く、場に応じて(意味なく?)へり下るという習慣が無いだけだと思う。私もひと言「Congratulation」と返して握手をした。そしてカップの授与と記念撮影が行われた。ただ後で見たこの時の写真 ↓↓↓ どうみても彼のための写真。両隣に謙遜して一緒になどという配慮は微塵もありゃしない。やはり自己中で上からである。でも、袴で真ん中に立ちたかったなぁ、、、

 

 

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しばらくして、ランク 3位の Mark が席に来た。そして彼は、「結局一番速かったのは Hiro だよ。みんな分かっている」みたいなことを言ってきた。私は「そう言ってもらえると救われる。でも君には何度かやられているよ。Silverstone のブレーキングは凄かったし、Donington では受け入れ切れずに転んでしまってすまなかった」と返した。

 

彼は気の良い青年だ。でもガッツのある走りをする。だからこそ彼には、バイクを 2台も用意してくれる立派なスポンサーがついているし、10人以上ものヘルパー仲間が居るのだろう。2人で肩を組んで写真を撮った。彼は「来シーズンは Cup 1000(上のクラス)だよね。バトルを楽しみにしているよ」と言い残して去っていった。

 

 

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今シーズンで終わりという気持ちの有った私は、そうは言わないものの、NLR のスタッフやレース仲間に挨拶に回った。袴は評判が良く、何枚も写真を撮られた。そして皆、来シーズンはどうするかという話をする。クラスの一人が North West 200 に出るという。マン島 TTと並ぶ有名なストリートレース。私が「いやー、ストリートは危ないでしょー」と言うと、そのテーブルじゅうから「お前とレースする方が危ないわ!」と大声で返された。

 

また、あちこちで「奥さんは?」と聞かれた。確かにみなパートナーと来ている。「うちは子供が小さいから」と返した。Max も同じ理由で 1人で来た。でも皆も同じで、両親やナニーに預けたり、チャイルドマインダーを頼んだりして来ていた。シッターかぁ。このパーティー目的では無いよなー。我々の嫁がそこまでして来るわけないよね。Max とそう話した。大人が遊ぶ欧米の文化には憧れるが、そうした面から意識が違うのだなぁ。

 

後半はダンスパーティーだった。というか、表彰式よりずっと時間が割かれていた。若いころはよく踊りに行っていた。すっかり忘れていた楽しさを思い出した。Max もお酒の入った女性に誘われるがままに踊り狂っていた。いつもは無茶をしない彼が羽目を外していた。彼も日々、本来の場所で頑張っている。「真面目と言われることは、悪いことじゃないと思うんですよね」という彼の言葉が印象に残っている。そして、「この歳になって思い出にふけるのが楽しいことが分かった。幸せを感じる」という言葉も。彼も男だな。一年間ありがとう、Max。

 

ひとたび夢の終わり

2年間、精一杯戦ったが、結局チャンピオンは取れなかった。来年はどうするか。上のクラスに行ってチャンプを狙うか。Max は「2年も同じ過ちをしたし、3年目はさすがに行けそうな気がするけどね」と言う。そうだよな。3度目の正直って言うしな。ただその時の私には、失意と共に燃え尽き感もあった。チャンプは取れなかったが、やれることは本当に全力でやった。それに予算も…。

 

そんな時 Max から、会社の異動命令で 3月末に日本へ帰国することになったと連絡を受けた。ヘルパー募集時に連絡をくれたもう一人の友人家族を合わせて、3家族で送別会を行った。駐在員さんの生活も儚いな。一生懸命築いたそこでの生活が辞令一つで消えて無くなる。でも、バイクレースもそうだけど、儚さには美しさが有る。日本人が桜を愛する理由。そっか、潮時かな…。レース活動はこれでいったん終わりにすることにした。

 

庭のガレージのショーケース棚には多くのトロフィーが並んでいる。全く何も知らないところから、異国のバイクレース選手権に挑戦した。そしてたくさんの優勝までした。思えば夢のような出来事だった。若き日の心残りで始めたが、出来過ぎなくらいではないか。モチベーションが沸いたらまた戻るかもしれない。でも、しばらくは仕事と家族の時間に戻ろう…。私のチャレンジ第一章は幕を下ろした。

 

 

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