ロンドン発! 本場イギリスでバイクレースに挑戦

ロンドン発! 本場英国でバイクレースに挑戦

身の程知らずのバイク好きによる、40代からの英国バイクレース参戦記です。

Vol.21 Round7 ブランズハッチ

 

It is what it is.

9月24-25日、前戦の大失態でポイントリーダーの座を Michael に譲った後の今回の舞台はブランズハッチ・インディサーキット(サーキットの詳細は Vol.9 参照)。

 

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ポイントリーダーとの差は 68.5ポイントもついてしまった。前戦ではランク 3位の Mark もノーポイントだったので Michael の独走状態。前戦に臨む時点では私がポイントリーダーだった。Moto GP などと違い、クラブレースにおいては毎ラウンド 100 ポイント(25point x 4race)もアベイラブル。たった一度の週末の失敗でこうなってしまう。

 

ただ反対に、これからの 2ラウンドで 200 ポイントもアベイラブル、とも言える。仮に私が全勝しても、Michael が表彰台に乗り続けて、うち 1度でも 2位になれば届かないのだから、計算上はかなり厳しい。しかし彼に、前戦の私のようなクラッシュなり、マシントラブルなりが起こらないとも限らない。レースは何が起こるか分からない。

 

残りの 2戦は、去年ハットトリックを成し遂げた ブランズハッチ・インディと、勝手知ったるドニントン・パーク。得意のトラックのみ。今さらあれこれ考える必要は無いんだ。私の目的はイギリスでレース活動をすること。心残りの無いように精一杯チャレンジすること。目標は至ってシンプル、いつもの通り勝つこと。全ては It is what it is. 

 

It is waht it is. アスリートなどが(特に物事がうまくいかなかった後で)よく使う言葉だが感慨深い言葉。そこでの意味合いは「既に終わったこと」、先のことなら「なるようになる」だが、そう言いたければ It was what it was. なり It will be what it will be. となる。つまり It is waht it is. には「そういう定め」のような哲学的ニュアンスが有るように思う。

 

リフレッシュ

バイクはシーズン前に美しくペイントした。しかし第2戦 Snetterton での大破以降は、取り寄せたままのフェアリングで戦ってきた。今回は次戦までひと月以上空く。リフレッシュの意味でペイントを施した。また、 ’85 鈴鹿8耐で平選手が被った黄色バージョンの平レプリカ Arai RX7 の存在を知り、思い切って購入した。ツナギの修理のついでに背中にサムライの影絵と漢字のネームも入れてみた。全てが美しい。

 

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レースウィークを前に、壮行会と称して Max とお気に入りの焼鳥屋に行った。実はロンドンにも炭火で焼く本格的な焼き鳥屋がある。Max もたいそう気に入ってくれた。日本酒で一杯やりながらペイントのことを伝えると、「エーッ、今さらフルペイント? 有りえないでしょ!」と大爆笑された。「いやいや、その方が大事に思って、転ばないかなぁーと思って」と言い訳したものの、確かにそうだよなと私も大笑いした。

 

こうした気の置けない仲間との時間は楽しい。遠い昔、若き日の日本でのレース活動は、仲間との遠征活動だったと言ってもよかった。とにかく楽しかった。今またこうしてレース活動をしているが、ワイワイ楽しいのとは違う。この 2年間で、その孤独感、悲壮感の上にあるチャレンジロマンは十分に味わった。今回のペイントやスペシャルヘルメット購入は、もう十分にやったかな、という気持ちの上の贅沢だったように思う。

 

プレッシャーを与える

迎えた Race weekend。いつもは土曜日に Race1 & 耐久、日曜に Race2~4 という日程だが、今ラウンドは No Limits が目玉の耐久を日曜日に開催する試みをした。それに伴って土曜日に Race1~3、日曜日に Race4 & 耐久という反対の日程で行われた。つまり今回は初日に 4回の出走が有る。私は土日に 2レースずつならうれしいが、今回の配分はあまり関係ない。

 

金曜日の公式練習。美しいバイクに気も引き締まる。はしゃぐこともなく、気が沈むこともなく、集中してラップをこなす。天気も調子も良かった。昨年のレースベストは 49秒10。BSB Stock 1000 でも予選を通過できるタイムだったが、この日は 48秒台に入れた。夢のチャレンジの終わりになるかもしれないラウンド。背中のサムライ、魂をくれ。

 

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土曜の朝の予選。ポールポジションを獲得した。Result Sheet を取りに行く途中、既に Sheet を手にしていたクラスのライダーから、通りすがりに、「Good lap! Samurai spirit, aha?」と言われた。背中のサムライ、そして漢字のネーミングは好評だった。疎んでいるはずの私にも、さすがに同情の雰囲気があった。

 

ポールポジションからスタートした Race1 。Michael を 0.5秒差で抑えて優勝した。私のベストラップは 49秒52。上々のタイム。しかし Michael のラップも 49秒83。私と彼だけが 40秒台。彼は完全に私をマークし、私のペースを利用して速く走る。0.5秒差。抜けるけど抜かなかったのだろうか。私は彼にプレッシャーを与えなくてはいけない立場。この差ではプレッシャーになっていない。

 

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続く昼過ぎからの Race2。私は Race1 の Fastest Lap によるポールポジションからスタート。今度は Michael を 4.2秒離して優勝した。私のベストは 49秒59、Michael は 49秒90。またもや 2人だけが 40秒台。今回の差は 4秒以上。このスピードではそれなりの差。抜けるけど抜かないという距離ではない。ただ彼から 3位の Mark との差も 4秒近くあった。彼は無理せずにポジションをキープしたのか。

 

彼は 2つのレースとも得意のスタートで先行し、私に追いつかれ、そして抜かれて破れている。これまでも一度も私を抜いたことが無く、ほぼ毎回私に抜かれている。それでチャンピオンになって満足なのだろうか? 私なら絶対に出来ない。もし彼にもそういう気持ちが少しでもあるならば、どんどん離されていけばミスも犯すだろう。Race3 では毎ラップ離していこう。そうしてチャンスの機会を伺おう。


ついにミスを犯す

夕方に行われた本日 3レース目(Race3)。このレースも Race2 の Fastest Lap からポールスタート。既に18時を過ぎてコースは薄暗い。しかし私は構わず予定通りに序盤から飛ばした。2周目には 49秒台に入れ、レース半ばには 2位の Michael に 5秒近い差を築いた。予定通り、毎週 1秒近くずつ差を広げた。追ってこい。チャンプがそんなに離されたらみっともないぞ。

 

独走のまま残り 2周を迎えた。コースはかなり暗い。短いストレートの後の左コーナー。ブレーキングポイントを少し見誤った。早く切りこみ過ぎてフルバンク状態でイン側の縁石に乗った。こんなこと初めてだ。両輪が跳ねる。レース後、見ていた友人に「一度、立て直した!と思ったけどなー」と言われた。その通り、もう少しだったのだが持ちこたえきれず、最後はダダダダーッと両輪がグリップを失ってクラッシュした。

 

私は、その時点まで全てポール & 優勝 & Fastest Lap の完璧なリザルトを築き、更に差を見せつけてプレッシャーを与えようと思っていた。しかし結局、もっともっと、というプレッシャーに、先にリズムを崩してミスを犯したのは私だった。バリアの外から残りの周回をボーっと眺めていた。Michael がいつものごとく、私の居なくなったコースを淡々と走っていた。彼は転ばないだろうな。。そして優勝した。

 

またもやノーポイントレース。これでポイントが 83.5まで広がった。幸い怪我は無かった。明日もう一戦ある。重苦しい雰囲気の中、Max と夜遅くまでバイクを直した。たった数時間前まで美しかったバイクはガムテープだらけになった。ごめんな、相棒。そして Max。それにしても、すっかり転倒癖がついてしまった。バイクレースは儚い。そこまでの、全ての準備、努力、想いが、一瞬で木っ端みじんに砕け散る。

 

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夜半、ホテルに帰る前、ブランズハッチに来るときは必ず立ち寄るお気に入りの Chinese Restaurant に駆け込んだ。ここと、アングルシーサーキット近くの街、Bangor の Chinese Restaurant は本当においしい。よかった、まだ開いていた。中国人のおばさんがテーブルに案内してくれた。店内は遅い時間にもかかわらず混みあっていた。なんだか様子がおかしい。周りの客はみな同じグループの様子。

 

どうやら結婚式の 2次会に入り込んでしまったようだ。戸惑っていると、ひときわ大きな歓声の中でエルビスプレスリーが現れた。余興で呼ばれたプロのエンターテイナーのようで、やたらとうまい。大騒ぎのパーティーの中に部外者の我々を通すのもどうかと思うが、料理は相変わらずおいしかったし、プレスリーの歌は聴けたし、Max と 2人、交互に耳に手を当てて、大声で話しながらの食事は楽しかった。

 

最後のレース

迎えた日曜日の Race4、今ラウンドの最終レース。いや、もしかしたら夢のチャレンジのラストレース。昨日の Race3 の転倒前のラップタイムから 2番手スタート。相変わらずスタートで出遅れるも、直ぐに挽回して 2周目が終わるまでにトップを走る Michael の背後についた。ペース的には余裕が有るのだからしばらく彼の後ろにつくのも良かった。だが、ホームストレートエンドの彼のブレーキングが甘い。

 

抜いてしまえ。その後下って上った先の第 2コーナー、ヘアピンでインを挿そう。第一コーナーの立ち上がり、下り坂に向かってアクセルを開けた。しかし全く予期せず、リアが流れた。えっ、なぜ。転倒そのものはリアからのスリップダウンだったが、ハイスピードからの下り坂(このページ 3枚目の写真)、相当な距離を跳ね転がったのだと思う。その後は覚えていない。

 

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目を覚ました時はサーキットのメディカル室にいた。幻想的な夢を見ていた。意識が戻ったところで、そのまま病院に搬送された。ああ、また転んだのか…。無理したわけでもないのに…。バイクに昨日のダメージが残っていたのかな…。救急車のサイレンの中で徐々に記憶がよみがえり、置かれていた状況を理解した。そっか。これでチャンピオンが決まったろうな…。目立った外傷は無かったがその夜は病院に泊まった。

 

結局、この第7戦のブランズハッチは、私が優勝 2回、リタイヤ 2回という一方で、Michael は優勝 2回、2位 2回の成績。最終戦を残して100ポイント以上の差がつき、彼のシリーズチャンピオンが決定した。リベンジを期して臨んだシーズンは、奇しくも昨年と全く同じ展開になった。ポイントリーダーに立った後の大詰めの終盤戦で自滅。知らない街の、暗い静かな病院のベッドの上で、一人悔し涙に暮れた。

 

              ーグリッドー   ー決勝ー

Race1       ポール            優勝
Race2       ポール            優勝
Race3       ポール        リタイヤ  (転倒により)
Race4         2nd           リタイヤ  (転倒により)

 

戻ってきたバイクは大破していた。平レプリカはワンラウンドで使えなくなった。修正を重ねてきたツナギは救急隊員に切り刻まれていた(ドアマット状態と言うらしい)。最終戦ドニントンラウンドまでは 2週間しかない。急いでバイクを直す気力も、ツナギを買い直す気力も、完全でない体に鞭打って今さら最速を誇示する理由もなかった。ランク 3位の Mark は最終ラウンドで 4連勝しても私に届かない。最終戦の欠場を決めた。

 

Max にそれを伝えると、「いつも諦めない Hiro さんがそう言うんだから、それでいいと思う」と言ってくれた。最終戦の週末は既にドニントン・パーク近くにホテルを取っていた。家族で出かけたが、サーキットには行かず、近くの Farm に行って子供たちと遊んだ。この日は一日中天気が良かった。去年の最終戦ドニントンの時と同じく、秋の優しい陽差しが降り注いでいた。